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●近代教育発祥の地

1630(寛永7)年三代将軍家光が上野忍岡の土地1400坪を儒学者林羅山に与えて林家の私塾が建てられたのがはじまりです。1690(元禄3)年五代将軍綱吉の命令により神田湯島の6000余坪の地に移されこの地を孔子が生まれた地にちなんで昌平坂と名づけられました。
1797(寛政9)には幕府直臣の子弟の教育を目的とする幕府直営の昌平坂学問所となり、第二代鵞峰(がほう)第三代鳳岡(ほうこう)を世襲の大学頭とし儒教漢学興隆の基礎を固めたが、その後、人材不足により衰退するも老中松平定信が松平乗衡(のりひら)を林家の養子(後の林述斎)とし、教育制度や内容を充実させ、林家の奉ずる朱子学を正統とする官学としての地位回復を図り、以後幕末まで幕府や諸藩の多くの人材を教育。1869(明治2)年には東京帝国大学の前身である大学校と改称されましたが、1871年廃止されました。

 


昌平坂(しょうへいざか)にある湯島聖堂(ゆしませいどう)は江戸時代にも何回か火災に遭っています。1923. 9. 1(大正12)の関東大震災でも焼失し、1935(昭和10)鉄筋コンクリートで再建されました。



湯島聖堂公式サイト
http://www.seido.or.jp/event/index.php